『君のクイズ』というウミガメのスープを自分なりに咀嚼し、嚥下する

 小川哲『君のクイズ』を読んだ。クイズを題材にしたミステリ小説である。

 私は普段、本を読んだからといってこういうものを書くことはしないのだが、その結末に至るプロセスが面白かったので、ここで改めて整理しながら余韻を味わっていきたい。
 もちろんネタバレしか書かない。だからネタバレを踏みたくない人は読まない方がよい。また、考察のようなちゃんとしたことをするつもりはなく、ただ単に作中で描写されたことを改めて整理するくらいのものなので、ちゃんと読んだ人にとってはあまり中身がない記事になろうと思われる。

焦点:ハウダニットホワイダニット

 ハウダニットは「How done it=どのようにそれがなされたか」、つまりトリックの方法がなんなのかを意味する。ホワイダニットは「Why done it=何故それがなされたのか」、つまり動機は何なのかを意味する。この2つがこの小説におけるポイントである。
 命題は「本庄は、早押しクイズで問題が読み始められる前にボタンを押し、正答した。この『ゼロ文字回答』はどのようにして成し遂げられたのか?」。この水平思考ゲーム・ウミガメのスープのようなハウダニットを主人公である三島は追っていくことになる。
 これに加え、「仮に問題が何らかの方法によりゼロ文字で解けたとしても、ゼロ文字で回答すれば当然“ヤラセ”の疑惑は免れない。最初の数文字読まれた段階で押しても特に問題はないので、そんなリスクを背負う必要はない」「それに、回答手段が正当なものであるとするならば、それを公表して疑惑を晴らせばよいのに、それをしていない」という2つのホワイダニットが真相を追っていくうえで発生する。

ハウダニット:ゼロ文字回答の「方法」

 ハウダニットの前提情報と答えは以下のとおり。

  • 1. 「ゼロ文字回答」が発生した番組の総合演出である坂田は、「過去に同様の問題に正答したことがあるなど、出演者がかならず答えることのできるクイズ」を用意する傾向があった。
  • 2. 今回「ゼロ文字回答」が発生した出題は、過去に坂田が演出をしている別の番組において本庄が回答したことのある問題であり、その回答前後の経緯から本庄にとって苦い思い出でもあった。
  • 3. 本庄は、番組に出演する前から「1.」の傾向に気付いていた。また、坂田の底意地の悪さから「2.」の問題を最後に出してくるだろうというかなりの確信を持っていた。
  • 4. 百人一首のように、問題を読み上げる人間の口の形や発声のわずかな予兆から、文字を読み取る技術が存在している。
  • 5. 早押しクイズは、回答が確定した段階でボタンを押すものではなく、わかりそうだと判断した段階で押してそこから考えたり、確定しなくても勝率が高いと踏んだ段階で押したりすることがある。
  • 回答――本庄は、「3.」によって次に読み上げられる問題にアタリを付け、「4.」で1文字目を推量して確信を強め、「5.」によって回答した。それが正解だったのである

 要素の1から3までは本庄による作問者への個人メタで、4と5は単純にクイズ番組自体が持つ要素。なので作品としては3だけで答えと言ってよいだろう。この「1.」の要素が『君のクイズ』というタイトルにもかかっているようにも思う。
 まあ、こう言ってはなんだが、あり得る可能性として妥当なところではないか。私も漠然と何か法則性があったんだろうなとか、本庄の完全記憶能力があれば問題をある程度絞れるんだろうなくらいに思っていたので、ものすごく意外性があったわけではない。
 問題はホワイダニットなのだ。

ホワイダニット:ゼロ文字回答の「理由」

 別に少し読み上げられてから回答してもよかったのに、何故ゼロ文字で押して八百長を疑われるリスクを冒したのか?何故それを釈明しないのか?

  • 回答――ゼロ文字回答の方が話題になるから。この話題踏み台にして別口で一発当てたかったから。すぐ釈明しなかったのは、適切なタイミングまで待っていたから。

 いや何?と拍子抜けした人も結構いそう。確かにここだけを切り取るとあまりにも俗物すぎる。しかし改めて、当事者である三島ではなく一般人の視点からこの一件を見てみると、クイズ界に激震をもたらした大事件であり、本庄や三島はレジェンドとして祭り上げられている。本庄が始めるオンラインサロンも、少なくとも滑り出しは好調になりそうだ。彼はクイズと番組と坂田と三島と視聴者の全てを利用してこの状況を作り出したわけだ。
 真相を知った三島はこう語っている。

『Q-1グランプリ』はヤラセでも魔法でもなかった。だが、僕の知っているクイズでもなかった。(中略)これはなんだったのだろう。あえて言うなら、ビジネスだったのだろうか。
(『君のクイズ』pp.156-157)

 これのすごいところは、仮に全てが明るみに出たとしても、その「すごさ」がほとんど失われないという点にある。実際インチキじゃないし。「ゼロ文字回答」の魔法のような神秘性も、話題が十分に乗った今なら問題ないと判断したのか、隠すどころか本庄みずからYouTubeで真相を語ろうとしている。

オチとそれに向かう構成

 犯人が真相を暴かれお縄につくまでが一般的な推理小説の結末だとすると、『君のクイズ』はその真逆だ。本庄は最終的に想定した結果を得られているし、逆に三島は真相にたどり着いたにもかかわらず、失望している。この事件のことはきれいさっぱり忘れて、また普段通りのクイズ生活に戻ろうと心機一転する。
 そして最後に、三島は自らに「クイズとは何か」を問い、「クイズとは人生である」と自答している。「君のクイズ」はビジネスで、僕のクイズは人生である、というタイトル回収であると同時に、人生の中からクイズを作問してくる坂田の出題傾向とも重なった巧みなオチである。クイズに入れ込んだキャラクターが「クイズは人生」などとのたまうのは陳腐極まりないと通常なってしまうところ、我々はこの一冊を通して三島にとってのクイズ観と人生観をともに歩んできているわけで、そこに文脈が乗って味わいが生まれている。
 そう、ここに構成の妙がある。三島は謎を解くための調査に奔走するのだけれども、その随所に、三島の過去の人生で味わったクイズやらなにやらのエピソードが挟まれてくる。だから読んでいる間はやきもきする。我々は答えを知りたいだけなのに、何故三島の過去語りを聞かされているのか?しかしそれこそが、この最大の謎の答えのひとつである出題傾向に繋がるものであり、本庄と三島の目指したところが違ったということも表している。

変な読み口だけど読みやすい面白い小説

 特にまとめもないので最後に感想を書くと、先述のとおり読んでいる間は気が急いたり困惑したりもしたが、読みやすく、また読んだ後もじわじわと効いてくる面白いミステリだった。クイズに関するあれこれも知識として純粋に楽しめる。
 スカッとはしない。しかし読むことで自分が打ち込んでいることへの想いがちょっと変わるかもしれない。そんな作品。